邪魅の雫 感想 (ネタバレあり)

邪魅の雫 感想 (ネタバレあり)
ちゃーんと初版で買っていたのに、15年寝かせてやっと読み終わった
鵼の碑がめちゃ面白かったので過去に挫折した本作にも再トライしてみよう!と取り組んで見事に面白かった
しかもラストを読み終わったら冒頭を読み返したくなっちゃうタイプのやつで...
話の構造はとやや似ていて、穿った見方で見ると昭和の巨大な陰謀が....!!みたいに見えるけど、実際はそんなものはなく、個々人のミクロな邪な想い、気持ちで事件が起きていただけだった、という
鵼はそれが原子力で、邪魅は生物兵器だった
本作を読んで「そーいえば帝銀事件って聞いたことはあるけどちゃんと知らないなあ」などとおもっていたら、松本清張が小説として書いてて、松本清張ってこんなノンフィクション的な題材も扱っていたのか〜と学びがあった
同時期?の下山事件も妻に「これはね〜」といろいろ聞いて面白い(人が死んでるのであまりそういう形容は良くないかもしれないが...)なと
前作は犯人が犯罪を認知していなかったというのがトリックであったが、本作では1人の人物がいろいろな人に成りすましてそれぞれの殺意を焚きつけるような嘘を言いふらしていた〜というのがトリックで、ひとつひとつの事件は込み入った事件じゃないのに、俯瞰して見ると混乱する....というのを民俗学歴史学記憶記録になぞらえて京極堂の話が展開されるのにはグッときた
以前100分de名著折口信夫が取り上げられていた際に、折口は記憶にせよ、記録にせよ、己がどう感じるか、考えるかということを重視していたが、その点で柳田國男と合わなかったってのをなんか思い出した
本編に登場する青木や山下のような公職の人間がそのような恣意的ともとれるような振る舞いで物事を決定していたらそれはそれでどうかと感じるけど、かといってなんでもない自分までもが常に客観的事実のみを信奉すべき、というわけはないし、伝説に対して無邪気に「へ〜そんなことが!本当にあったんだ〜!」と真に受けるのは違うだろうし、記録に対して「ほうほう、ってことはこういう邪念があったのかしらねえ」などと勘ぐることはいらぬ横車を押してるだろう
実際青木は旧陸軍関係者を訝しむわけだけど、それは帝銀事件のそれをなぞっているところなんだろう
下山事件の話を読んでも「これは!」と巨大な陰謀のようなものを感じとってしまうのだが、そこにはミクロの人々も存在しているわけで
当初から美咲として登場する女性は不審な挙動を続けていたわけだが、途中何度か差し込まれる独白めいた章は全て神崎宏美のモノだったんだなあ、とラストでやっと膝を打った
しかし、神崎の動機が榎木津礼二郎への横恋慕ってのはシリーズファン的にはなかなかくるものがあった
正直鵼のラストがヤバすぎて号泣ものだったのに比べると、さすがにそこまでではないが、それは自分の読み順がおかしいだけなので仕方なし...
嘘を吹き込まれて、見ず知らずの他人に対して殺意まで抱いてしまうってのは、かつて先祖が御国のために〜と戦地へ担ぎ出されていたところまで連想してしまう
そして、本作では明確に嘘だけど、信仰という巨大な虚構のために今この瞬間も中東でも東欧でも血が流れているのかとおもうと改めて悲しさがつのる
積み本はまだ山ほどあるが、次は虚実妖怪百物語に手をつける